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犬ってどこから来たの?

犬の種類はざっと400種類もあるそうです。それどころか種類ごとに付けられた名前の数を上げると800種に及ぶようです。
それを全部取り上げることは遠慮します。
でも犬はなぜこのように種類が多いのでしょうか。大きさも、顔立ちも、毛並みも、本当に驚くほどの多種にわたっています。

800種類に及ぶ犬を総合計すれば何頭になるのでしょうか。それは聞いたことありませんが、人の数はざっと60億人だそうです。
人と犬との関わりは幾通りになるのでしょう。見当も付きませんが天文学的数字になることは間違いないでしょうね。
しかしそのすべてに共通するパターンがあり、それはただ一種類「飼い主と愛犬の日々」に見られます。
飼い主は愛犬を心から慈しみ、愛犬が示すこれ以上に慕わしい存在はこの世にはないと言う所作を返すことです。
これは常日頃、目にするところで不思議なことだとは思っていませんが、この関係が築かれたのは奇跡とも言えるでしょう。

人の祖先が古代型類人猿から枝分かれしたのは600万年前だとされています。場所はアフリカの東部、エチオピアからケニアにかけての大地溝帯です。
犬亜科から犬属が分化したのも600万年前のことでした。場所は北アメリカで、今もこの地に留まっているイヌ群の子孫はアメリカアカオオカミとコヨテです。
人はアフリカ大陸を出て地球全域に広がり、イヌは北アメリカら陸続きだったベーリング海峡を渡って、アジア・ヨーロッパ・アフリカへと生存地域を拡大します。
人とイヌが出会ったのは2万年前のことらしいです。そのころの人類は狩猟採集生活を送っていました。農耕はまだ始まっていません。
人の移動に合わせて、イヌの祖先達はつかず離れずの距離を置きながら、人の食べ残しを貰っていたようです。
やがてイヌは人の狩猟を手伝えるようになったのです。そして外敵の襲撃に対して一緒に戦うようになっていったようです。
うまく外敵を退散させたときには、特別のご褒美として、取って置きの食べ物がイヌに与えられることもあったことでしょう。
イヌは全身で嬉しさを表し、人は心強い仲間を讃えながら頭をなでたり、時には頬ずりをして愛を表現していたことでしょう。
人とイヌは、こうして切っても切れない絆を築いていったのです。

人と共に歩むことを始めたイヌたちは、、、

所属していた大集団から少数が切り離されることになります。人の集団が養えるイヌの数は少なかったでしょう。
イヌたちは種の保存のために、近親交配を繰り返すことになります。それは短期間で環境への順応が行われ、特殊化が進みます。
これがイヌたちの種類の多さをもたらすことになったようです。その種類の多さにもかかわらず、人とイヌの交情のパターンはたった一種類を守っています。
この不思議さに改めて思いを馳せてみてはいかがでしょう。愛犬の病の一因に思い当たることがあるかも知れません。

イヌは人にとってペットという呼称には治まり切れない存在となっています。人の社会にとって欠くことのできない「コンパニオン・アニマル」と位置づけられています。
これほどに近しい存在同士でありながら、イヌはどこから?どうしてここにいるのだろうか。この疑問はまだ明らかにされていないのです。
動物行動学の分野でインプリンティング(刷り込み)の現象を特定して、ノーベル賞を受けたコンラート・ローレンツという高名な学者がいました。
彼は「人、犬に会う」という著書を残しています。それによればイヌの祖先はジャッカルだとされていました。しかし納得できなかったのか、ローレンツ自身が訂正しました。

イヌは人が用いる言葉は持っていません。人はそんなことはお構いなしに話しかけます。それがほめ言葉であるときには尾を振って喜びます。
叱り言葉である場合は、尾も頭も垂れて恐縮の態度を表明しています。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。残念ですがまだ解明されていないようです。
イヌと人ほどではありませんが、ごく稀に人を慕う動物がいます。この場合の稀な存在は動物ではなく人のことなのでしょう。
ムツゴロウというニックネームを持つ畑正憲さんがそのお一人らしいです。冬眠中の熊と一緒に過ごせるようなお人ですから、それはもう特別な人なんでしょう。
このようなことは科学的な解明はなされていません。しかし必ずそこにあるのは「愛の発信」です。それは心からのものでなければなりません。
ここで言う「心から」とは何を示しているのかも明らかにされていません。しかし動物は間違いなくそれを受信しています。
人と動物の交情は種類を問わず微笑ましいものですね。その中でも人とイヌの睦まじさは特別なものがあります。
例えば、脳梗塞を患った人が回復を期して療養生活を送ります。愛犬のいる人は回復が早いのです。
そればかりか平均余命も、愛犬と一緒に暮らす人はそうでない人より長いと言うことが明らかになっています。
心の通い合いがそうさせるのでしょう。その折々の交情に必ず乗せられているのは「愛」であることも断言して良いと思います。

イヌが飼い主に愛情を表現するとき、喜びを表情と動作に乗せて行います。飼い主の顔をベロベロなめ回すこともありますね。
このイヌはついさっき散歩の折りに、よそのイヌの糞や小便に鼻を近づけて、時には舐めることもあります。
飼い主はこんなことを先刻承知で喜んでいます。「愛は不思議」としか表現の言葉がありません。
人は無償の愛を表現することで「我が心の喜び」を満足させてきたようです。その機会が乏しいか、なくなったときに心の病にとりつかれるようです。
イヌも同じだと思います。愛玩の対象だけに置かれていたのでは「我が心の喜び」は得られないのでしょう。

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